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京都地方裁判所 昭和60年(ワ)2089号 判決

原告

山田福喜男

右訴訟代理人弁護士

高木清

被告

中山株式会社

右代表者代表取締役

中山信博

右訴訟代理人弁護士

杉島勇

杉島元

主文

一  被告は原告に対し金一五四万九二五三円及びこれに対する昭和六〇年八月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  その余の原告の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対して金五一七万四九二〇円及びこれに対する昭和六〇年八月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の本件請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告の退職

原告は昭和四二年三月六日被告に就職し、同日経理部長になり、昭和六〇年四月三〇日退職し、結局、昭和四二年三月六日から昭和六〇年四月三〇日まで一八年二カ月間被告に勤務した。

2  原告の退職金及び基本給の額

被告の退職金規則では、退職金は基本給に同規則一一条の掛率を乗じた額とすると定められている。そして、同条によると、一八年間の勤続年数に対する退職金掛率は二三である。また、原告の基本給は昭和六〇年一月に五万円減額され金四〇万円と決められ、退職時もその額であつた。したがつて、原告の退職金は九二〇万円となる。

3  未払退職金

しかるに被告は、昭和六〇年四月三〇日に金四二九万一七四七円、同年六月二九日に金三〇万円をそれぞれ原告に支給しただけであり、原告はこれを原告の退職金の内金として受領した。したがつて、被告は原告に対し、未払退職金四九〇万八二五三円の支払義務を負う。

4  未払賃金

被告の賃金規則二〇条(2)には賃金を日割り計算するべき場合を定めているが、原告は昭和六〇年四月三〇日被告との合意の上で退職したものであり、このような場合は同条に該当しない。したがつて、昭和六〇年四月二一日から同月三〇日までの原告の賃金は月単位で計算するべきであり、被告は当時の賃金である金四〇万円全額を支給するべきである。しかるに、被告は同期間の賃金として金一三万三三三三円しか支払わない。したがって、被告は原告に対し未払賃金二六万六六六七円の支払義務を負う。

5  弁済の催告

原告は内容証明郵便により、未払退職金四九〇万八二五三円と昭和六〇年五月分の未払賃金二六万六六六七円の合計金五一七万四九二〇円を内容証明郵便が到達してから一週間以内に支払うよう被告に催告し、同内容証明郵便は同年八月五日被告に到達した。

6  よつて、原告は被告に対し、金五一七万四九二〇円及びこれに対する同年八月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1(原告の退職)の事実中、原告が昭和四二年三月六日被告に就職し、経理部長になつたこと、及び原告が昭和六〇年四月三〇日退職したことは認めるが、その余の事実は否認する。原告は、昭和五六年一一月二三日被告の定年五五歳に達したことにより一旦退職したものであり、その後被告は原告を再雇用し、昭和六〇年四月三〇日の退職は再度の退職である。

2  同2(原告の退職金及び基本給の額)の事実中、基本給の額は否認し、その余の事実は争う。原告の昭和五六年一一月二三日現在の基本給は金二六万円であり、昭和六〇年四月三〇日現在の基本給は金二六万七〇〇〇円である。原告の主張する金四〇万円という賃金は基本給と諸手当を含んだものである。したがつて、仮に原告が昭和六〇年四月三〇日に退職したとしても、被告の退職金規則一一条による勤続年数一八年の掛率二三を右の基本給に掛けると退職金は金六一四万一〇〇〇円となる。

3  同3(未払退職金)の事実中、被告が昭和六〇年四月三〇日に金四二九万一七四七円、同年六月二九日に金三〇万円の退職金をそれぞれ原告に支給したことは認める。しかし、金四二九万一七四七円は昭和五六年一一月に原告に支払つたものであるが、原告の了解の上で一時訴外大正生命保険株式会社に預託することにし、原告の再退職の際、原告に支給したものである。

4  同4(未払賃金)の事実中、被告が給料として金一三万三三三三円を支払つたことは認め、原告が合意のうえで退職したことは否認し、その余は争う。原告が昭和六〇年四月三〇日被告を退職したのは、再雇用後被告の経営が苦しくなりだしたこと、原告の持病の心臓病が悪化し体力的にも自信がなくなつたことなどから、原告の都合によつて退職したものであるから、賃金規則第二〇条(2)の二に該当し、賃金は日割りで計算した金一三万三三三三円となる。

5  同5(弁済の催告)の事実は認める。

三  抗弁

1  定年退職

原告は昭和五六年一一月二三日定年退職し、その時被告は退職金として金四二九万一七四七円も支払つたが、原告の了解の上で退職金は一時訴外大正生命保険株式会社に預託した。

2  訴外中山総業の退職金

訴外中山総業は昭和六〇年六月二九日被告とは別に原告に対し退職金として金二〇〇万円を支払つたが、被告と訴外中山総業は本社の場所が同一であり、被告は同社から本社屋を賃貸し、被告と同社はその役員はほとんど同一であり、同社は被告と親子会社であり、被告の不動産部門といつた性格をもつものであり、同社には社員はおらず、同社の重要事務は被告の代表取締役が担当していたのであり、同社は実質上被告と同一の会社であるから、右の金二〇〇万円は実質は被告からの退職金である。したがつて、被告が既に支払つている退職金四五九万一七四七円と訴外中山総業が支払つた右金二〇〇万円とを合計すると、被告は前記二(請求原因に対する認否及び被告の主張)2で仮に主張する退職金六一四万一〇〇〇円よりも金四五万〇七四七円の過払いをしたことになる。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  抗弁1(定年退職)の事実中、昭和五六年一一月、原告は訴外大正生命保険株式会社の企業年金四二九万一七四七円を一時同保険株式会社に預託することを承諾してほしいといわれ、これを了解し、右企業年金は同保険会社に預託されたことは認めるが、退職金の支払はなされず、その際退職の話もなかつた。原告が被告に就職する際原告被告間に、原告は健康である間は勤務することができるという合意があつた。そして、昭和五六年一一月原告は定年である五五歳になつたが、被告の代表取締役の意向や被告の経理業務の都合もあつて、その後も被告の経理部長として従来と全く異ならない仕事をし、賃金も同様の支給があつた。

2  抗弁2(訴外中山総業の退職金)の事実中、訴外中山総業が原告に金二〇〇万円支払つたことは認めるが、それは被告の支払つた退職金ではない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一当事者間に争いのない事実

原告が昭和四二年三月六日被告に就職し、経理部長になり、昭和五六年一一月の後も経理部長であつたこと、再度の退職かどうかは別として昭和六〇年四月三〇日原告が被告を退職したこと、被告が原告に対し昭和六〇年四月三〇日に金四二九万一七四七円、同年六月二九日に金三〇万円をそれぞれ退職金として支給したこと、原告が被告に対し内容証明郵便により、退職金の未払金及び賃金の未払金を内容証明郵便が到達してから一週間以内に支払うよう催告し、同郵便は同年八月五日被告に到達したこと、昭和五六年一一月、原告の退職金となるべき訴外大正生命保険株式会社の企業年金四二九万一七四七円が原告の了解のうえで一時同保険株式会社に預託されたこと、訴外中山総業は昭和六〇年六月二九日被告とは別に原告に対し金二〇〇万円を支払つたことは、いずれも当事者間に争いはない。

二退職時期

前記の当事者間に争いのない事実及び〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができる。

1  昭和五六年一一月頃、原告は被告の経理部長であつたが取締役ではなく、当時取締役兼総務部長であつた高倉一夫(以下、高倉という。)の下で、経理の事務を行つていた。被告は五五歳の定年制をとつていたが、退職金について被告は訴外大正生命保険株式会社(以下、大正生命という。)との間で企業年金保険契約協定を締結し、従業員が定年に達した時、同社から保険金を退職金あるいは年金として支払いを受けるようにしていた(以下、この保険金を企業年金という。)。そして、現実に被告が従業員に退職金を支払う際には右高倉が金額を計算し、社長の決済を受け、原告に小切手を切らせていた。

2  原告は昭和五六年一一月二三日、五五歳になるので、原告の企業年金も支払われることになつたが、その頃右高倉は原告に対し、企業年金の支給を繰り延べ一時大正生命に預託することの承諾を求め、原告はこれに応じた。しかし、その後も原告は経理部長として従前と全く同様の仕事に従事し、給料も全く減額されなかつた。但し、その後、被告の営業が悪化し、昭和六〇年一月に被告の役員の給料が減額され、原告の給料も五万円減額された。

以上の事実に加え、被告は、昭和五六年一一月頃高倉が原告に企業年金を大正生命に預託することの承諾を求める際、原告には定年退職してもらうが、その後原告を再雇用することにしたいと申入れ、原告はそれを承諾したのであり、原告は同年一一月定年退職したと主張し、証人高倉の証言もこの主張に沿つた内容となつている。しかし、企業年金を預託する際に作成された前記乙第一号証に記載の文言は、原告が退職したとは書かれておらず、「引続き在職する」と書かれていること、前記認定のとおり原告の給料は定年によつて減額することなく、仕事の内容も原告の肩書きも全く変化がなかつたこと、証人百木の証言及び原告本人尋問の結果によれば、右企業年金は原告に支払われないまま大正生命に預けられ、昭和六〇年四月三〇日原告に支払われたが、企業年金を預託した昭和五六年一一月二三日から昭和六〇年四月三〇日の間の利息は原告に支払われていないこと、前記甲第一〇号証によれば、就業規則には従業員の定年を延長することができると定められていることがそれぞれ認められることに加え、被告の主張に沿う証拠は証人高倉の証言しかないことを併せ考えると、原告が昭和五六年一一月、一旦定年退職したとは認められず、被告の右主張は採用できない。そして、原告が昭和六〇年四月三〇日に被告を退職したことは当事者間に争いはないから、原告は昭和四二年三月六日に被告に就職し、昭和六〇年四月三〇日被告を退職し、結局一八年間二か月被告に勤続したと認めるのが相当である。

三原告の基本給

〈証拠〉によれば、原告の給与支払明細書には手当分として貯蓄奨励金と通勤手当しかなく、その余は全てが基本給であり、その額は昭和五九年頃は金四五万円であり、昭和六〇年四月頃は金四〇万円であつたという内容の記載がなされ、原告の主張に沿う内容となつている。

しかしながら、〈証拠〉によれば、被告は昭和四二年頃から従業員の退職金引当金計算書を作成し、それには各従業員の基本給が記載されており、原告の昭和五六年度の基本給は金二六万円と記載されていることが認められる。また、〈証拠〉によれば、被告は賃金台帳には賃金規則に定める基準内賃金の内訳として基本給しか記載していなかつたが、昭和六一年一月頃から、その内訳を記載するようになり、原告が退職した昭和六〇年四月の原告の基準内賃金は基本給金二六万七〇〇〇円、家族手当二万円、職務手当一一万三〇〇〇円と記載されていることが認められる。

そして、原告の給料のうち通勤手当、貯蓄奨励金以外の全てが基本給であるということは通常の賃金体系からして不自然であることや、〈証拠〉によれば、基準内賃金の手当として少なくとも家族手当は賃金規則作成の当初から設定されていたことなどに照し、給料支払明細書の金四〇万円には何等かの手当分が含まれていると考えるのが相当である。また、〈証拠〉によれば、被告は退職者の退職金の計算は、従前から退職金引当金計算書記載の基本給を基礎にして計算してきたのであり、退職金支払のための大正生命との間の企業年金も右の基本給を基礎に計算して積み立てを行つてきていることが認められる。これらを併せ考えると、退職金引当金計算書記載の基本給の額及び賃金台帳記載の手当欄の基本給の額が真実の基本給と解するのが相当である。そして、これらの額を給料支払明細書及び従前の賃金台帳に記載しなかつたのは、被告の経理のずさんさに基づくものと解することができる。したがつて、昭和六〇年四月現在の原告の基本給は金二六万七〇〇〇円と認められる。

なお、〈証拠〉によれば、原告が被告に就職した当時、総務部長や原告が共同して就業規則や賃金規則を作成したが、それには基準内賃金としては、本給(基本給のことと考えられる。)と家族手当の二種類しかなく、その後、(多分昭和五〇年代頃)に基準内賃金の中に勤務手当、営業手当、職務手当、役職手当、勤務地手当等が加えられて賃金規則が変更されたことが認められる。ところが被告は右の変更がどのような手続でなされたのか、また、その変更が従業員に対し何等かの方法で周知されたのかどうかということなどにつき何ら主張、立証をしていない。そして、この変更された賃金規則は昭和六〇年一月頃まで労働基準局に届けられていなかつたことが認められる。しかし、就業規則の行政官庁への届け出規定は取締規定と解すべきであり、その届け出がないことにより直ちに就業規則が無効となるものではない。また、就業規則の変更手続が不当であるため、その変更が無効となる可能性もあるが、前記のとおり金四〇万円の内、金二六万七〇〇〇円が基本給であると認められる以上、仮に右変更が無効であつても、金二六万七〇〇〇円を越える部分は賃金規則で定めていない手当を支給していたと解されることになり、その部分が当然に基本給となるものではない。

四未払退職金の額について

以上より、原告は約一八年二か月間被告に勤続したこと及び原告の退職時の基本給は金二六万七〇〇〇円であることが認められ、〈証拠〉によれば一八年間勤続の場合の退職金掛率は二三であるから、原告の退職金は六一四万一〇〇〇円となる。そして、前記のとおり原告は被告から退職金四五九万一七四七円を受領したことは当事者間に争いがないから、被告の未払退職金は一五四万九二五三円となる。なお、退職金の弁済期については被告の退職金規則には何も規定していないところ、前記のとおり、原告が相当期間を定めて未払退職金の支払を被告に催告したことは当事者間に争いがなく、その相当期間は昭和六〇年八月一二日に満了した。

五訴外中山総業の退職金について

〈証拠〉によれば、被告と訴外中山総業とは代表者が同一であり、本社の場所も同じであり、原告は訴外中山総業の経理を担当し、その仕事は被告の仕事と平行して行える程度の量であつたことが認められる。しかしながら、訴外中山総業は被告と独立して商業登記をしており、法的には明らかに被告とは別人格である。したがつて、被告自らその法人格を否定して訴外中山総業が被告と法的にも人格が同一であるとして、退職金の支払義務を免れることは法人格の濫用ともいうべきであり、訴外中山総業の名義で退職金が支払われた以上、それは被告が退職金を支払つたことになるものではない。

六未払賃金

〈証拠〉によれば、原告が昭和六〇年四月三〇日退職したのは、原告自身の健康が思わしくないこと、被告の経営が逼迫し融資が思うように得られなかつたり、決算が悪化したことで被告の代表取締役と意見が対立したことなどから、原告自ら退職をしたことが認められ、原告と被告が合意して辞職したということを認めることはできない。そして、〈証拠〉によれば、賃金規則第二〇条(2)二に自己の都合で退職した場合は日割計算して賃金を支払うことが定められており、原告の退職もこの場合に該当すると認められる。そして、〈証拠〉によれば、賃金規則二一条に賃金の支払は毎月二〇日締切であると定められていることが認められ、〈証拠〉によれば原告の昭和六〇年四月の賃金は基準内手当も含めると金四〇万円であることが認められるから、昭和六〇年四月二一日から退職時の同月三〇日までの賃金は一〇日分の一三万三三三三円となり、前記のとおり被告がこの額を原告に支払つたことは争いがない。よつて、原告の未払賃金に関する主張は理由がない。

七結論

以上より、原告の請求は金一五四万九二五三円及びこれに対する昭和六〇年八月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を求める範囲において理由があるから、これを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法九二条本文、八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、仮執行免脱宣言の申立については、その必要がないものと認めこれを却下し、主文のとおり判決する。

(裁判官岡 文夫)

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